発達障害児と健常児の子育てに悩む親御さんへ~アスペルガー症候群の弟と過ごした小学生時代~

姉弟

発達障害のあるお子さんの子育てで、大変な毎日を送っている親御さんは多いかと思います。

しかし、発達障害のあるお子さんに手いっぱいになりすぎていて、健常児である息子さん・娘さんのことを後回しにしがちではありませんか?

筆者である私には、アスペルガー症候群の弟がいます。

私の両親は弟につきっきりだったため、当時、私は寂しい思いばかりしてきました。

今回は、私が経験した出来事や当時の気持ちを織り交ぜて、「大変に思っているのは親だけではなく、きょうだいも同じだ」ということを発達障害児と健常児を育てる親御さんにお伝えしたく、記事にしました。

この記事を通じて、発達障害をもつ子のかげに隠れて、見えにくくなってしまっているきょうだいの気持ちを知っていただけたらと思っています。

発達障害児だけでなく、健常児であるきょうだいの気持ちにも目を向けるキッカケになれば幸いです。

1. 弟の入学

小学生年子の弟が同じ学校へ入学してきたのは、私が小学二年生のときでした。

弟と一緒に学校へ行けることが嬉しくて、友達に対して「今日、私の弟が入学するんだよ!」と、心弾ませながら話したことを覚えています。

ここでは、私が小学低学年のときに抱いていた『使命感』や『つらさ』など、弟に対する想いをまとめました。

弟の学校での生活の様子、弟に対する姉である私の気持ちの変化をお伝えしていきたいと思っています。

発達障害児(者)がきょうだいにいる人はきっと、私と同じような思いを抱いていたのではないでしょうか。

発達障害児と健常児を育てる親御さんに、ぜひ知っておいてもらいたいと思います。

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1-1. 入学式の弟の様子

姉_決意入学式が始まり、入場してくる新一年生の中に、私の弟の姿もありました。

しかし、弟の横にだけサポートとして先生がついていたのです。

列から外れ、「いやいや~!」と騒ぐ弟。

幼稚園時代も同じような風景を見ていたため、最初はあまり気にしていませんでしたが、私の弟だけ特別扱いを受けているように見え、姉として恥ずかしくなってきました。

そして同時に、「姉として、弟をサポートしてあげなくちゃ!」と思い、頻繁に弟の教室へ足を運ぶようになったのです。

弟のために頑張る姉

散らかっている机弟の教室へ足を運ぶと、落し物入れ箱の中に弟の名前が書かれた筆記用具が入っていたり、机の中が整理されていなかったりという、幼稚園時代と同じような光景を目の当たりにしましたが、姉としては、『よくある光景』だったため、あまりダメージはありませんでした。

弟に代わって整理整頓をする姉である私は、先生から「優しいお姉ちゃんだね!」と言われたことも嬉しく、ほぼ毎日、弟の教室へ行っていました。

弟からは鬱陶しいともありがとうとも思われていなかったようで、基本的に無反応でした。

当時の私は「少しでも弟に周りと一緒でいてほしい」と思いながら、弟のサポートをしていました。

私と同じように、『周りから浮いてしまうきょうだい』に対して世話を焼いてしまう人は多いと言われています。

「周りと一緒でいてほしい」という気持ちを、きょうだいにアスペルガー症候群の人がいる人みんなが一度は抱いたことがあるのではないかと私は思います。

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1-2.転校-悲しむ私と普通の表情の弟

引っ越し小学校にも馴染んできた時に、父の仕事の都合で転校することになりました。

引っ越しの日が近づいてくるにつれ友達との別れを惜しむ私に対して、弟は特に思っていることもなく普通の日々を過ごしていました。

当日、見送りに私と弟の友達が集まってくれました。

弟は「元気でねー」といった軽い言葉しか言っておらず、見送りに来てくれた友達のほうが寂しそうな表情をしていました。

男の子ってそんなものなのかなぁと思っていたのですが、なんとなくドライな弟の性格に徐々に疑問を持ち始めるようになったのです。

初めての転校を経験し、戸惑う私と対照的な弟。

「なんで私と同じような寂しい気持ちを感じないのだろう」「見送ってくれる友達に対して、なぜドライな態度でいられるんだろう」と、私は弟に対して少し恐怖にも似た感情を持ちました。

アスペルガー症候群の人が家族にいる場合、もしかしたら上記の私のような経験をした人もいらっしゃるかもしれません。

例として挙げると

  • スポーツ大会で優勝したのに、ひとりだけあまり嬉しそうには見えなかった。
  • 集合写真を撮影するとき、周りの皆は笑顔なのに、ひとりだけ無表情だった。

など、『発達障害である当人だけみんなと違うリアクションをとっている』といったことを感じたことはありませんか?

これはアスペルガー症候群の特性と関係があるのですが、アスペルガー症候群のお子さんの親御さん、ごきょうだいのみなさんも、私と同じような気持ちになったことがあるのではないでしょうか。

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1-3.弟の交友関係

弟の交友関係_悩む年齢を重ねるごとに徐々に変化していった弟の交友関係。

その度、姉として辛くなっていたのを覚えています。

友達のいない弟の姿を見続けることの恐怖や不安に押しつぶされそうな毎日を送っていったのです。

弟と私の「友達」というものに対する考え方の違い、弟の友達付き合いが変わっていくことに対する私の思いをお伝えします。

私の弟への当時の対応と、発達障害というものに対する理解が深まっている今ならどのように対応するかを比較しながら記事にまとめました。

私と同じような境遇にいる人や、親御さんの『きづき』のきっかけになれば幸いです。

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徐々に減る友人

スポーツから読書小学1年生の時は近所のお友達に混ぜてもらっていたこともあり、弟が周りから孤立している様子はありませんでした。

弟は運動が好きで、サッカーやバスケットボールなどのスポーツも楽しんでいた記憶があります。

あるとき、良い雰囲気の友達関係が続いていた弟に、彼の様子をガラリと変えてしまうような出来事が起こったのです。

それは、運動会当日のこと。リレーの選手に抜擢されていた弟は、当日最高の走りができるように毎日練習を積み重ねていました。

毎日時間を忘れるほど練習をしており、門限を過ぎることも多々。「弟は頑張り屋さんだなー」と、姉として誇らしげな気持ちでした。

そして運動会当日、弟は今までの練習むなしく転んでしまったのです。

弟は大泣きし、「もう2度とリレーはやらない」と言い続け、その日から運動そのものから避けるようになってしまいました。

友達からの遊びの誘いも断ってしまったため、徐々に孤立状態になり、弟は今まで友達との遊びに費やしていた時間を読書に充てるようになりました。

転校も重なり、6年生の頃には友達らしき人はいなくなったのです。

そんな状態でも普段は特に辛そうな様子をすることもなく過ごしている弟の姿に、姉である私が苛立ちを感じるようになり始めました。

「なんで弟だけ協調性がないのだろう」「私の弟だけ特別な感じがして恥ずかしい」そんな気持ちで頭の中はいっぱいな状態。

もしも弟が他の子と同じような性格だったら……と、弟を否定するようなことばかり考えてしまっていました。

しかし今は、アスペルガー症候群の特徴のひとつである『団体行動が苦手』という点から、弟は元々ひとりでいるほうが好きだったのかもしれない、と思います。

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読書に没頭する日々

図書館_弟弟は友達と過ごしていた時間を読書の時間に充てるようになりました。

マンガよりも小説が好きだったようで、時間があればずっと読んでおり、1日で2冊近く読んでいたのを覚えています。

図書館に頻繁に通っており、図書館ではちょっとした有名人だったようです。

「○○(私)の弟、いつも図書館いるね!」と言われることに対して、「あ、そうなんだ」と、知らないふりをしたこともありました。

時には「オタク系の弟」とからかわれることもあり、姉としては悔しい気持ちと恥ずかしい気持ちで混乱して悩んでいた時期もあり、辛かったです。

孤立していることに対して恥ずかしさを感じない弟でしたが、今思えば弟は「孤立している」とは感じていなかったのかもしれません。

彼にとっては、趣味が運動から読書に変わっただけ。ただそれだけだったのかもしれません。

興味のあることに対して没頭するアスペルガー症候群の特徴に当時の私は気付くことができず、弟のことを理解することができませんでしたが、今なら「そういうことだったのか」と納得することができます。

発達障害児をお持ちの親御さんの中にも、私のように本人と周りの気持ちにギャップを感じたことがある人も多いのではないでしょうか。

しかし、没頭してしまう特性からくる危険性というものもあり、時間を忘れて読書に夢中になりすぎてしまうアスペルガー症候群の人もいます。

そういった場合は、「時間を決めて読書をしよう」などといった言葉かけのサポートをしてあげてください。

最初から最後までのサポートではなく、少しの助言だけで大丈夫です。

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「友達いないの!?」と責めた私

ケンカ運動から読書へと趣味が変わり、減っていく友達に対して何とも思っていない様子の弟に、私はいら立ち、弟に対して「なんで友達いないの?おかしいじゃん!」と責めてしまったことがあります。

弟は「どうでもいいだろ!」と奇声を上げながら私の髪の毛を引っ張り、そのままケンカへと突入しました。

母へ聞いても「△△(弟)に友達がいない理由はお母さんも知らない。自分のことだけ考えて生活しなさい」と言うだけ。

いくら弟へ友達のことを言っても何も変わらず、また、ケンカをしても次の日にはケロッとしている様子が不思議でたまりませんでした。

「なんで友達がいなくて平気なの……」と、私にはまったく理解ができず、頭が混乱する日々の連続でした。

弟のように友達がいなかったら……、きっとわたしは寂しくてつらくて、登校拒否状態になってしまっていたかもしれません。

私みたいに思わないこと弟のことが、不思議で仕方がありませんでした。

そして、暴言を繰り返すばかりで会話にならない弟と、あまり関心のなさそうな母の対応に、心の中がモヤモヤし、学年があがるごとに私自身も精神的に不安定になっていったのです。

当時はわかりませんでしたが、ある程度大人になり、アスペルガー症候群のことを理解できるようになったとき、友達の大切さや必要性を感じることが少ないといった特徴があることを知りました。

当時の私は、自分の価値観を弟に押し付けて窮屈な思いをさせていたのかもしれません。

現在のように弟に対して理解がある状態であれば、日常生活で声掛けや手助けなどの部分的なサポートを行ったり、弟のペースに合わせて物事を進めたりといった努力をしていたと思います。

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2.二度目の転校-当人へのいじめときょうだいの気持ち

家族父の仕事の都合で小学生時代のうちに私たちは2度の転校を経験しました。

この2度目の転校がきっかけで、弟はいじめにあうようになったのです。

弟がいじめられていることを知りながら、学校で過ごす日々は、私にとってもかなり辛いものでした。

いじめられて辛いのは、本人だけでなくきょうだいも同じです。

執筆しているだけでも当時の状況を思い出し、辛い気持ちが蘇るのです。

この記事をご覧になっている親御さんに、お願いしたいことがあります。

もしも、発達障害のあるお子さんがいじめにあっている場合、いじめられている本人だけのケアをするのではなく、きょうだいの気持ちにも寄り添ってください。

もちろん、当人のケアが最優先だということは変わりありません。

しかし、きょうだいも同様に傷つき、悩み、苦しんでいるのです。

どうか、発達障害児(者)当人のみを手厚くサポートするのではなく、そのきょうだいにも同じように目を向けてあげてください。

決して簡単なことではないかと思いますが、「最近どう?大丈夫?」といった言葉をかけてあげるだけでも、発達障害の兄弟を持つ子どもとしてはホッとして救われるような気持ちになれるのです。

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いじめが発覚したそのとき、家族はどうするべきか

いじめ2度目の転校をし、転校して半年くらい経過してからいじめが発覚しました。

ある日突然弟が「学校へ行きたくない」と言い、その日に事件は起こりました。

弟がいじめっ子に暴力を振るわれ、メガネを壊れされたのです。

学校の先生からの電話で事の経緯を知り、姉としてはすごく辛い気持ちでした。

私は「弟が行きたくないと言ったんだから、やっぱり行かせなきゃ良かったのに!」と、聞き入れてくれなかった母を責めました。

いじめっ子のうちの1人は謝罪に来たのですが、残りの2人は謝罪には来ず、弟は小学校卒業まで謝罪に来なかった2人によりいじめられ続けたのです。

弟に対するいじめは暴力ではなく、無視をされたり、弟の耳に入るように悪口を言ってきたりする類のものでした。

弟は口で反論するのが苦手で、パニックになると独特な奇声をあげることが多いため、そういった面をからかわれていたようです。

あの時、今くらい弟のことを理解していたら、いじめっ子から弟のことを守ったり、「どうしたの?大丈夫?」といった言葉をかけてあげられたはず……。

そして「弟はアスペルガー症候群っていう発達障害なんだよ」と親から教えてもらっていたら、弟に対する見方が少し変わっていたかもしれないとも思います。

以上の経験から、発達障害のあるきょうだいがいじめにあったと知ったとき、まずは家族会議を開くことが大切なのだと気づきました。

家族全員で問題に向き合うことで日頃感じていることを伝えあうことができ、お子さんが一人で問題を抱えるリスクを減らすことができます。

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いじめの袋小路から抜け出すための近道とは

ADHD年子なので必然的に教室も近くなり、嫌でも弟の状況を知る日々になりました。

また、今思い出してもとてもつらく、悔しくて悲しいことですが、弟がいじめられていることで、私も周りから「○○(私)の弟、いじめられてるの知ってる!?」「〇〇(私)の弟、ちょっとおかしいよね!」と言われ始めたのです。

学年があがればあがるほど、その言葉もストレートなものへと変わっていき、かなり辛かったことを覚えています。

だからと言って、私がいじめを止めることもできません。

むしろ「私もいじめにあいたくない」という気持ちでいっぱいで、かつての『世話焼きな姉』という自分は消えてしまい、「できるだけ弟に関わらずに過ごしたい」という気持ちが強くなっていきました。

「弟がいなければ、こんな悩みはなくなるのに」と思ってしまう日もあるほど、私の気持ちは荒んでいったのです。

弟が入学してきた当初は、あんなに「私が弟のサポートをする!」と張り切っていたはずだったのに、年齢を重ねていくにつれてその気持ちは薄れていきました。

弟に対するいじめは、弟本人を傷つけるだけでなく、きょうだいである私をも酷く傷つけ、変えてしまったのです。

あの頃は幼すぎてアスペルガー症候群についても知識がなく何もできず、弟から目を逸らしていた私は、ただ弟のことを「おかしい子だ」と思っていただけでした。

母は「息子のことは私がやるから放っておいて!」と言い、私には弟のことを話したがりませんでした。

母は弟のことを過保護にするときもあれば突然突き放すこともあるので、その状況を見て「お母さんのやりたいことがよく分からない!」と反論したことも。

幼いながらに、母は私よりも弟のほうが大好きなのだろうということに気が付いていましたし、私自身も「弟はちょっと変わっているから、私よりも弟のことを気に掛けるよね」と母の気持ちを理解しようとがんばっていました。

母の読めない性格、いじめられているのに自分を変えない弟、弟よりも愛情をかけられていないことを知っている自分……。

もしもあのとき、誰かに頼ることができていたら、私も弟も気持ちが救われたのではないかと思います。

私の小学生時代は、悩みと葛藤、そして、すべてを理解しようといつも気を張っている……そんなつらい日々の連続だったのです。

スクールカウンセラーもしも、スクールカウンセラーなど、専門の知識を有する大人に頼ることができていたら状況は変わっていたかもしれません。

当時の私はできませんでしたが、スクールカウンセラーに頼るという手段もあるので、もし同じように悩んでいたら利用してみてください。

利用するのには勇気がいることですが、専門的な知識を有する大人の手を頼ることで気持ちが楽になることが増えますよ。

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3.姉である私が小学校を卒業してから

卒業弟と過ごした5年間の小学校時代。

弟が入学した時と、私が卒業した時とでは、弟に対する想いがガラリと変わりました。

弟想いな姉から弟を避けるようになる姉。

私自身、こんなに気持ちに変ながあるとは思っていませんでした。

この項目では、私が卒業した6年生の時の気持ちを振り返ってお伝えします。

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卒業と解放

卒業小学校卒業となり、中学生になるドキドキよりも「弟から解放される!」という気持ちが強かったのを覚えています。

卒業式には5年生が見送りにくるというのが流れとなっていたので、弟が来ることもわかっていました。

弟も参列していたのですが、案の定、弟はひとりソワソワとしていて落ち着きがありませんでした。

卒業式は弟のことで頭がいっぱいではありましたが、中学校へ進み、1年だけ弟と別の世界で生活ができると思ったら嬉しくてたまりませんでした。

当時の私は、「このまま弟と別の場所で生活していきたい」とまで思っていたほど、弟のことを嫌がるようになってしまっていたのです。

弟が入学して間もなくは嬉しくて仕方がなかったのに、卒業までにこんなにも気持ちが変わるなんて……。

当時はアスペルガー症候群という言葉すらも知らず、「変な弟」という言葉で片づけていました。

もし小学生の時から、弟がアスペルガー症候群であるということを知っていたらどうだったのだろうかと考えることも少なくありません。

当時を振り返ってみて、私たちは『負のループ』におちいってしまっていたのだと今は思えます。

目に見えない発達障害は、健常者と変わらないように見える分、周りからの理解が得られにくいと言いますが、家族である私ですら戸惑い、悩み、なかなか理解ができませんでした。

発達障害児である弟を正しく理解することは、小学生の私には難しく、間違った対応ばかりをしてしまいました。

今なら『負のループ』を断ち切るために、外部の施設(発達支援センターなど)を利用したり、学校の先生やスクールカウンセラーに相談したりするといったことが思い浮かびますが、当時の私にはそれができませんでした。

親に頼ることができなかったため、「親以外の外部の人間を頼る」ということに当時気が付いていれば、卒業をきっかけに「弟から解放された」と思うのではなく、弟の特性を真に理解し、一緒に歩んでいくことができていたかもしれません。

当時のことを振り返るたびに、「あの時、弟に優しくできなかったんだろう」「弟には悪いことをしたなぁ」と後悔するばかりです。

自分だけで解決するのは難しい問題だからこそ、外部のサポートを借りることが大切なのだと実感しました。

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4. おわりに

おわりにここまで、筆者である私の、アスペルガー症候群の弟と過ごした小学生時代の出来事をお伝えさせていただきました。

この記事を書いていて、私自身、当時のことを思い出すと辛くなってきます。

私のようなつらい思いをしてしまう子どもを減らしたいと思い、今回は「発達障害児(者)がきょうだいにいる立場」から記事を書きました。

発達障害のあるお子さんと、発達障害のないお子さんを育てている親御さんにお願いがあります。

「幼いこの子たちはきっと何もわからないだろう」と決めつけるのではなく、「わからないこともあるだろうけれど、この子たちの気持ちに寄り添うようにしよう」と、発達障害のあるなしに関わらず、同じように目をかけるようにしてあげてください。

どうしても手のかかるアスペルガー症候群のお子さんを優先的にサポートし、発達障害ではないお子さんを後回しにしてしまうことが多くなってしまうかと思います。

しかし、発達障害ではないお子さんも、自ら発信することができないだけで、寂しいさや辛い気持ちをグッとこらえているかもしれません。

アスペルガー症候群をはじめとする発達障害の子がいるという理由で、家族みんなが不幸になってしまうことは絶対に避けなければなりません。

発達障害ではないお子さんを含める、ご家族全員の様子を振り返ってみてください。

もしも発達障害ではないお子さんがつらそうにしていたら、優しく声をかけてあげてみてください。

私のようなつらい思いをお子さんがしてしまっている場合、親御さんの対応次第で大きく変わるのです。

幼少期の思い出は大人になっても付いて回ります。

いつまでも明るく前向きな気持ちでい続けるためにも、子どもが頼りやすい環境づくりを意識し、専門の機関との連携を心がけてみてください。

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