【軽度 発達障害】中学受験に成功した「自信のつけ方」

発達障害 中学受験

発達障害でも「育て方次第で予後は変わる」と頑張っていらっしゃる親御さんは多いのではないでしょうか。

とはいえ、よく言われる

「子どもに自信を持たせましょう」
「自己肯定感が大事です」

というアドバイスに戸惑い「そうするにはいったいどうしたら良いのか…」と途方に暮れることもありますよね。

6歳で「軽度のアスペルガー症候群」の診断を受けた我が家もそうでした。

軽度であり、主治医の方針もあって告知もしていません。
その分、人の助けを得るにもオープンにはできない面があり試行錯誤もありました。

しかし、今は、自分が行きたいと思った私立中学を受験して合格し、順調に中学生活を楽しんでいます。

私の子どもの場合、
「幼児期だけ頑張って、後は他人様の手を借りる」
というのが親子にとって良い結果となりました。

「発達障害」は最近の概念です。
昨日今日そんな障害のある子どもが突然に登場したわけではありません。
軽度の子どもは、昔から「ちょっと変わった子」として社会に存在していたのです。

子育て初心者の親御さんよりも、「ああ、こういうタイプなら…」と
対処法をわきまえている教育畑の人も案外多いのです。

ここでは、私の子どもが中学受験に成功するまでをご紹介します。
合わない塾と軋轢もありましたが、それも「この子に合う塾」選びの糧になりました。
もちろん障害の程度や個性、育ちに応じで「特別」な支援教育が必要なこともあります。

ただ、「特別」でない教育機関も選び方次第で育児の力強いパートナーとなるのです。

読み終えていただくことで、
親御さんが「自分一人が親として頑張らなくては…」という閉塞感から抜けだして欲しいと願っています。
軽度の発達障害に悩み、不安と葛藤しながら真摯に向き合うことで見出せた「自信のつけ方」をご紹介します。

 

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1.幼児期にはスモールステップで自信を持たせました

1-1.「気になる子」が療育につながるまで

集団生活現在中学生の私の子どもは、幼児期から発語が遅く、全体的にボーっとした気になる子どもでした。

3歳児検診で何も問題はありませんでしたが、私から申し出て保健所で再検査を受けましたが、そこでも「問題はない」と言われました。

安心してこれらの経緯を説明した上で幼稚園に入園しましたが、初回の個人面談で「お宅のお子さんはできないことばっかり!私たち迷惑なんです!」と怒鳴られてしまいました。

私は、児童相談所につながることにしました。

児童相談所の発達検査では、心理士から「昔からこういうお子さんちょくちょくいたんですけどね。何もないとは言えませんが、医師に見せるほどでもないでしょう」とのことでした。

ただ、幼稚園の先生が「〇君はオウム返しをする」と主張したエピソードに、「幼稚園の先生って案外、発達障害のことを分かってない人もいるんです。それではお母様が大変でしょう」と療育機関に通えるよう手配して下さいました。

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1-2. スモールステップで子どもに自信を持たせる

療育先からは、スモールステップで自信を持たせる方法を教えていただきました。
一般に言われるように、課題の難しさをスモールステップにすれば

一つ一つの「つまづき」が少なくて済み、子どもに成功体験を積ませやすくなります

発達障害 受験私の子どもは滑り台が滑れない子どもでした。
幼稚園のお友達につられて滑り台の階段に足を掛けた時点で、
「滑り台頑張ってみる?エライねえ」と声をかけました。

2,3段階段を上がると、子どもの目線も上がります。
「お、ちょっと背が高くなったよ。(母親の胸位を手のひらで示して)小学生のお兄ちゃんみたい!」と声をかけ、4.5段目で母の私と同じ目線になったら「おお!ママと同じ高さだよ、急に大きくなったねえ!」と声をかけました。

もうちょっと高く昇ったら「わあ!ママより高いところにいるよ!すごいねえ!」です。
子どもは一人で滑り降りるのは怖いらしく、この時点で私が滑り台に上っていって、膝に抱えて一緒に滑っていました。

ただ、タイミングが合わずに、自分一人で滑り降りてしまうこともあります。

ここですかさず「わあ、自分一人で滑ったじゃん! 気持ちよかったでしょう? かっこいいねえ!」と声をかけました。

「滑り台を滑る」という課題を「取り掛かる」「2,3段上る」「ママの背丈と同じだけ上る」「それより高く昇る」「ママと一緒に滑る」「自分で滑る」とスモールステップにして、一つ一つクリアしていった形です。

本人も「ここまで出来た!」と自信を持つことに繋がりました。
大きな課題も一つ一つをその子どもにも乗り越えそうな小さな課題にすることで、失敗体験を回避して、成功体験を積むことができるのです。

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1-3. スモールステップで母親にも自信がつく

母親を悩ませるのが「自己肯定感を育む育児をしなくては」というプレッシャーです。

しかし、「なかなか褒めるような行動を取ってくれない」ところが発達障害のある子どもの育てにくさではないでしょうか。

達成経験と言語的説得そもそも褒める場面の多い子どもなら苦労はありません。
しかし、課題の方をスモールステップにしておけば、自ずと「できたね!」と褒めてあげられる場面が増えて、母親にとっても「ラク」になるのです。

この時期の子どもは、「ママが世界の全て」というところがあります。
母親にはプレッシャーですが、ここだけが踏ん張りどころです。

しっかりとした専門機関なら、この時期に「子どもを褒めて自信をつけさせること」や、
「お母さんに大らかな気持ちで子どもを見守る姿勢が大事なこと」と心得ていらっしゃるので、
母親にとって最大のサポートとなるのです。

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2.低学年では「子供をノセるプロ」の手を借りて自信を持たせました

少子化の中、子どもを育て慣れている母親はあまりいません。

一方、習い事の先生は対象年齢の子どもを見た経験値が高いです。
そして「商売」ですから、子どもに楽しく通ってもらうノウハウもお持ちです。
お任せできるところはお任せして、親御さんはラクをしつつ子どもには社会経験を積ませるのがよいでしょう。

なお、この時期に診断名がつきましたが、制度上学校にはお知らせしたものの、本人告知もカミングアウトもしていません。

なぜなら、

思春期など難しい時期も含めて「自信を持って生きていけるように……」と考えると、
告知などは慎重な方が選択肢も多くて良いと思ったからです。

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2-1. 幼稚園の対応から「主治医」を持とうと決意するまで

幼稚園には発達検査の結果(障害の可能性もあること)を伝え、療育機関からのアドバイスも伝えていました。しかし、園は療育機関と連携しようとしません。

無断で「自閉症なら絵カードでしょ」と絵カードを使い始め、療育先に「絵カードは言葉がでないお子さん向けのもの。今言葉を出そうとしている〇君には止めて欲しい」と言われたことを伝えると明らかに不満そうな顔をしました。

ADHD_通院他にも療育機関を軽んじている様子が多々見受けられ、「私立の幼稚園でこうも居丈高なら小学校はどうなるのだろう?」と不安に思い、医師の診断を受けることにしました。

社会的地位の高い医師なら対抗できると思ったのです。児童相談所もご理解下さいました。

医師から「アスペルガー症候群」(当時の名称)の診断がおりました。
そして「告知は必要ない」とのことでした。

もともとが無理解な相手への対抗策としての受診だったこともあり、理解のある環境なら特に障害を名乗って生きる必要もないとのことでした。

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2-2. 普通教育で自信を失わないために「告知」「カミングアウト」は慎重に

医師から、私の子どもには「必要ない」とのご意見でしたが「どうしても告知の必要に迫られたらこの本を参考に」と紹介された本があります。

その本には、必要があるなら「告知」をすべきという内容もありましたが、一方、安易な障害の告知が子供に与える深刻な影響、心無い人へ情報がわたってしまうことの危険なども丁寧に書かれていました。

実際、軽度の子どもには告知やカミングアウトのメリットがあまりありません。
この程度の障害では、カミングアウトをしたところで特に利用できる特別の制度はないのです。

重度のお子さんなら特別支援の制度の中で学校生活を送り、将来も障害者雇用の枠で働くことになるかもしれません。

発達障害しかし、そのような枠は、それを必要としている人にさえ十分ではありません。
軽度の子どもは定型発達の子どもの中で過ごすしかないのです。

また、「障害児教育」「特殊教育」から「特別支援教育」と名称が変わったのは「支援の必要な子どもの個別のニーズ」に応えるためです。
障害の中でも発達障害は個人差が大きいものです。「障害名」よりも「個別のニーズ」が重要なのです。

教育委員会の催しで印象に残る話がありました。
「個別のニーズに応えることは教育の原点です。特別支援教育は特別ではなく、教育の原点であり普遍であると考えます」と熱のこもった説明がありました。

子どもが通う小学校の校長先生も「教育のユニバーサルデザイン」と仰っていました。
私の子どもにも「発達障害には」ではなく「〇君には」何が適切かという視点でご配慮下さいました。

近年、診断名にもスペクトラム概念が反映され、様々な程度のお子さんを「障害名」で括る意味も薄れてきました。

一方で、障害名は差別の温床となる現実があります。ネット上で「ガイジ」「ハッタツ」への差別的な書き込みが多々あります。

私の友人にロースクールを修了して企業の法務で働いている人がいます。
彼女も「障害をカミングアウトしなくて正解だと思う。トラブルがおきたとき、〇君が何も悪くなくても、障害児を色眼鏡で見る人から〇君のせいだと濡れ衣を着せられるリスクが高いもの。賢明な判断だと思うよ」とのことでした。

時には「私が」子どもの発達障害をカミングアウトしたいこともありました。
学校で奇妙な理由で癇癪を起こしたり、相手のお子さんに危険なことをしたり。
そのたびにいろんな人に頭を下げて回らなければなりません。

「ウチの子、発達障害なんです!」と大っぴらに言えたなら、どれだけ楽になれるだろう……地域の親の会でそうお話ししてみました。しかし、親の会の先輩お母様方から「しない方がいいよ」とアドバイスをいただきました。

ある親御さんは「子どもに告知したら、何か上手く行かないことがあるたびに『どうせオレ障害者だし』と投げ出すようになった。告知なんかしなければ良かった」とおっしゃっていました。

告知やカミングアウトは一度行えば取り消せません。子どもの自信を損なうリスクをわざわざ取る場面なのか慎重になったほうが良いでしょう。

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2-3. スイミングと英語の習い事で自信を持つようになった

今の学校は、ただ通っているだけでは「自信」を持ちにくいところがあります。
「水泳」や「英語」など、学校に取り組みはあっても学校だけで習得することが難しいものがあります。習い事として家庭でフォローしてあげると自信をつけるきっかけになるのです。

ADHD 運動就学と同時に、「友達が通っているから僕も」と本人が希望し、スイミングに通い始めました。

「子ども用プログラム」でしたから、「水に親しむ」「楽しく遊ぶ」要素もたくさんありました。

昇級試験もあり、頑張ったらバッジをもらえたり受付のお姉さんが褒めてくれたりしますし、受からなくても「次頑張ろうね」と感じよく励ましてもらえました。

発達障害への対応に「トークン」を与えるという手法があります。
私の子どもは、母親からのモノにはあまり有難味は感じないようで、こういった習い事で合格できる方が心に残るようでした。

小学3年まで通い、特に上手くも下手でもないペースで昇級していきました。そのたび自信を深めたようです。

そして、「泳げるようになった自信」を「学校でも」実感したようです。泳力測定で「よく泳げる」スタンプを貰えてうれしそうでした。

発達障害 受験もう1つ習っていたのは「英語」です。
これは、私が洋楽好きで、家で下手な英語で歌っていたのがきっかけです。

だんだん子供が私の歌を真似するようになりましたが、「洋楽」というより「念仏」にしか聞こえず、「これはイカン」と思い、近くの英語教室でちゃんと英語を習うことにしました。

その教室は、ご近所の顔見知りの女の子ばかりでした。小学校低学年の女の子は「誰かのお世話をしたくてたまらない」ものです。

体験入室では、よってたかって「〇君ここに座って」「〇君分かる?」「〇君次はね…」とちやほやとお世話してくれました。当然子どもはここに行きたがり、5年になるまで長く通いました。

もちろん教材・カリキュラム・先生の教え方も「子どもの教室」という感じで楽しい習い事だったようです。

一方で、この英語教室は某大手教育産業の個人教室で、独自の英語力検定も何回か受験しました。
「級・段」というより「スコア」で評価し、スコアそのものは年数と共に伸びるので、本人も「出来るようになっている」という自信になったようです。

また、小学校も英語教育に熱心でした。英語に親しみを持たせることを目的にとても力を入れていらっしゃいました。

学校以外で英語に親しみ(家では母が洋楽を歌い)、将来の夢が「宇宙開発の分野で世界各国の宇宙飛行士と英語で話したい!」と目的が明確な私の子どもは、学校で「非常に意欲的なお子さん」と先生に言われました。

学校集会では「英語を頑張りたい自分」をスピーチし、他の保護者の方からお褒めいただいたことで、子どもも自信を持ち、親としても晴れがましい機会となりました。

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3.4年生が受験への転機

一般に中学受験には小学4年生から学習塾に通い始める場合がほとんどです。我が家は親に中学受験の経験がなく躊躇いがあり、全国的に有名だけどあまり受験塾らしくない雰囲気の中堅塾に通うことにしました。

もし受験するなら塾とは長丁場のお付き合いになります。主治医に、塾にも子どもの障害を伝えるべきか相談しました。

医師は「障害名を言っても分からないでしょう。個別に具体的に『〇〇な場面ではトラブルになるかもしれません』『□□な場面ではこうして下さい』と伝えるならいいでしょう」とのことでした。

発達障害 受験通い始めて2,3カ月頃から、私の子どもは雑談が多くて困ると苦情を言われるようになりました。

確かに私の子どもはアスペルガー症候群なので、自分の好きな鉄道などの話題に興が乗ると延々とその話題を続ける傾向があります。

しかし、就学前の療育でも学校でも家庭でも「止めるように指示を出せば」止めることができるので問題になったことはありません。ですから、単純に「止めさせてください」とお願いしました。我が家の個別のニーズはそれだけです。

しかし、塾は「はあ」と言うだけで実行しません。家庭から「お喋り注意」という指示カードを作って持たせましたが、受け取っても使おうとしません。

一方で、塾は「障害児じゃないんですかあ?」とほのめかしはじめました。主治医の見解もありましたし、私もこちらの個別のニーズは無視して障害か否かだけを気にする相手に不信感を覚えるようになりました。

一度、授業を見に来るよう言われました。
私の子どもは冷房対策用の上着を机に置いたまま、授業の流れも読まず、手を挙げて「先生!寒いです。エアコンの温度変えてください」と言ってしまいました。

これは私の子どもが悪いのですが、先生は顔を引きつらせて黙った後、妙に抑揚をつけて「ごめんねえ、先生はスーツ着てるから寒いって気が付かないんだよ、ごめんねえ」と繰り返すのです。
私は、子ども相手にいつもこんな回りくどい言い方をしているのかと驚きました。

2時限目では男児が1人帰り、私の子ども以外は女子4人となりました。この4人が少女向けアニメの話で盛り上がり、若い先生はオロオロするだけで全く授業になりませんでした。私の子どもは少女向けアニメを見たこともないので何の興味もなく、黙っておとなしく過ごしておりました。

参観後に感想を聞かれたので「上着を着るよう指示されれば息子は分かります。また、息子に限らず私語が過ぎるお子さんに注意をするべきでは?」と言いましたが、「はあ」という返事だけでした。

ADHD事態は何も変わらず、子どもからすると「自分の何が悪いのか先生は何も言わない」のに母親経由で叱られるという奇妙な状況が続き、また、塾が授業を予定通りにこなせていないため宿題が場当たり的に増減し、どんどん情緒不安定になっていきました。

ある日、私の子どもが模擬試験中に問題文を読み上げていたことが原因で、唐突に「人に迷惑をかける自分を人間的にどう思っているんだ」と先生にキレられて大パニックとなりました。
「僕は人間じゃないんだあ!」と泣きわめいて教室に立てこもり、私が引き取りに出向きました。

この日を境に、私の子どもはその塾はもちろん、スイミングも英語教室も休むようになりました。
とうとう小学校も「僕は人に迷惑をかける存在だから外に居たくない。家に帰りたい」と途中で帰宅しようとするようになりました。

「外に居たくない」ほど自信を失った子どものために、転塾を考えました。
その一環で、まずは同じ塾の別の教室で夏期講習を受けることにしました(7月中まで授業料の負担があったので)。
つつがなく日程を終え、そちらの先生と私で面談しました。先生からは「あちらの教室からいろいろ聞いておりますが……。確かに多少風変わりなお子さんですがノーマルな範囲だと思います。対応できます」とのことでした

指導力のある塾なら対応できるのですから、主治医の意見どおり障害名を伝えなくて良かったです。
学習塾は合わなければ変われば済みます。
学校のように倫理的に情報を管理してくれる保証もありません。
個別のニーズを伝えても誠実な対応をしないところは、障害名を伝える前に辞めることを考えた方が良いでしょう。

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4.大規模進学塾が自信をつけられる居場所でした

最終的に、地元の大手進学塾に転塾しました。親が良かれと思った小規模塾がダメだったので、その正反対を試してみようとヤケっぱちな気持ちでしたが、この塾が大変子供に合っていました。

こちらの塾は、「昭和の学校教育」に近い雰囲気でした。
「悪いことは叱る」「明文化された規則がある」「構造化されている」「課題が明確」などです。

発達障害が軽度の子どもは「昔は『変な子』で済んでいたが、今は『障害』と呼ばれてしまうタイプ」も多いです。図式的な説明ですが、こういう子どもは「昔ながらの指導法」が向いていることもあるのです。

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4-1.大規模塾の方が「個別のニーズ」の指導が上手なところもある

入塾テスト後、塾長先生と3者面談となりました。
私が「前の塾と学習態度が問題になりまして…」と恐る恐る説明したところ、
塾長はあっさり「ええ、はっきり言ってたくさん叱られるお子さんですね。

でも、ウチは叱る労を惜しみません」とおっしゃり、そのまま子どもに「君ね…」と話を始められました。

突然話題を振られてあたふたする子どもに「君、今『手遊び』してたよね。
確かに僕は今お母さんとお話しているけど、君の話だよ。君も聞きなさい」。

それからテストの答案を指して「君は手順も粗い、字も汚い。これで損をするのは誰?」と尋ね、子どもが「ぼ…僕?」と答えると「そう。君はここを改善すれば必ず伸びる。もったいない。この塾に来たら先生たちは君のことを叱る。

対応策でも、それは君に直して欲しいからだよ」と諭してくださいました。
「僕たちは君みたいな子どもを何千人も見てきた。よく分かってるよ」ともおっしゃいました。

また、入塾前に「塾の規則」などをまとめた冊子を渡されました。
「各自で体温調節用の衣類を持ってくること。教室の冷暖房は一人に合わせているわけではありません」と明記されていました。

帰宅後、子どもといっしょに指をさして読み上げました。
私から「こうやって前もって紙の文章でルールを教えてくれると助かるね。今度のところは良いところだね」と言葉がけをしました。

「前の塾は『何をしたら迷惑か』説明もしてくれずに、突然『人間として』なんてと言い出して傷ついたよね。でも、今度の塾はちゃんと叱ってくださるよ。叱るというのは『何をしてはいけないか』を説明することだよ。しっかり叱られてきなさい」と言い聞かせました。

塾が変わっても子どもがすぐに変わるわけではありません。
雑談もすれば、注意力散漫で字も汚いです。

ただ、親子ともにそれを責められたことはありません。
「こちらでなんとかします」とのことで、

雑談が過ぎればさっさと止めさせ、字が汚ければ「あと3回警告しても治らなければ次からは×」、自習室でうるさければ「お前は個別ブースを使え」です。

私の子どもに限らず、どの子にも叱る時は叱る塾でした。
ロビーの本を出しっ放しの女の子には「こら!ちゃんと片づけて帰りなさい!」です。

障害があろうとなかろうと各自に必要な指導を行います。
「昔からちょくちょく居た」タイプの子供の面倒も見慣れていて、その場で明確に必要な「個別のニーズ」に応えた指導をされていました。

叱ってばかりの息苦しい環境でもなく、良いところは褒めてもくださいます。
受付事務の人から「最近受け答えがしっかりしてきましたね」とお褒めいただいたこともあります。

私の子どもも「前もって決まりがあり」「みなと同じように」「悪いことをすれば叱られ」「良いところは褒められる」ことに安心したようです。

「この塾の子になれた」「居場所があった」ことが嬉しく、前の塾で失いかけた「人間として」の自信を取り戻せたようでした。

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4-2大規模進学塾が軽度の発達障害に向いている点

私の子どもが通った小学校はとても理解のある学校でした。
しかし、個々の学校や先生の努力とは別に、

今の学校教育と発達障害とは相性が悪い面もあります。

小学校は生活の場でもありますから、同じ教室が「勉強(座学)する」「遊ぶ」「食事(給食)を食べる」「工作やお遊戯をする」と多目的に使われます。
また「集団生活を学ぶ」という抽象的な目的も、親には分かりますが子どもには分かりづらいものです。

知能の凹凸を把握できる発達障害の子どもにとっては「勉強のため」に時間と空間が構造化され、目的が単純な場所の方が居場所としても意味を見出しやすいようです。

また、今の小学校は「主体性」「表現力」「創造性」を重んじます。
自由研究やプレゼンテーションのような課題が多いです。
課題や評価が曖昧で、発達障害の子どもにはやりづらいことも多いでしょう。

私の子どもの小学校は、文教地区にあって精神年齢の高いお子さんが多く、この種の課題もソツなく立派にこなします。
見栄えが違うので子どもにも出来不出来はわかります。
しかし、どう改善すればいいのか正直親の私でも分かりません。

子どもも「〇君たちみたいになりたい。でも、どう頑張ればいいか分からない」と葛藤があり「どうせ僕は出来ない子なんだ」と自信のないことを言うことが多かったです。

この点、学習塾は良くも悪くも課題が明確で評価も点数ではっきりしています。
特定科目特定領域が苦手なら「この問題集のここを〇周まわすように」と明確な指示があります。

また、能力別クラス編成だと似たような学力のお子さんと一緒になります。
小学校では「灘・開成」レベルを目指す優秀なお子さんと一緒で辛かったようですが、塾の中堅クラスで「仲間」と感じられる友達ができたのも楽しかったようです。

発達障害児にとって、課題と対処と結果が明確な塾は快適な居場所だと思います。
ただ、知的に優秀なお子さんだと適応しすぎて、いわゆる「偏差値至上主義」に陥る危険はあるかもしれません。この場合は親御さんから多様な価値観を伝える必要があるでしょう。

私の子どもはそんな心配は不要で、成績の上下に一喜一憂する受験生活でした。
でも、自習室で課題に取り組む姿を先生に褒められ、努力が目に見える模試の結果に反映され(波はありましたが)、塾での生活で自信をつけていきました。学校以外に自信を育める環境があって良かったです。

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4-3親ではなく他人が叱ってくれることで「自己肯定感」が守られる

受験が近づくと、先生の叱責もかなり厳しくなりました。
私の子どもも泣きべそをかいて帰宅することもありました。

この時期、塾からは「厳しいことは我々が言います。それがこちらの仕事です。でも、その分ご家庭では包み込むよう優しく接してあげてください」と保護者会でお話がありました。

ネットで受験関係の情報を見ていて印象に残った記事があります。
塾講師経験のあるライターの記事でした。

「お母様はお子さんを追い詰めないで上げて欲しい。
我々講師は嫌われてもいい。子どもの人生で2,3年のつきあいでしかない。
けれど親子関係は何十年も続くのだ」と言う内容でした。

親がコーチになってしまうのは、親も辛いですし、何より子どもにとっても良くないのではないでしょうか。
「頑張るのは子ども、頑張らせるのは他人、親は慰め励ますだけ」という役割分担をすることが大事なのです。

この役割分担は、その後の人生においても、親との信頼関係を保ちつつ、子どもが自分自身を信じて更に広い世界に歩き出すための基盤となるでしょう。

最終的に、子どもは志望校に合格できました。
決して有名進学校ではありませんが、親子で何度も見学に行き「是非ともここに通いたい」と思った学校です。教育方針もあまり奇をてらわず古風な感じなところです。

私立なので必ずしも障害のことを伝えなくてもよく、私も伝えていませんが順調に過ごしております。
一度、子どもが空気を読まずに授業中に自分の質問ばかりしてクラスで問題になりかけたことはあります。
しかし、先生が素早く解決なさって親には事後報告でした。
指導力のある学校で良かったと改めて思いました。

発達障害 受験本人にも逞しさが出てきました。
教科によって赤点や追試になったりしますが、学校の補講に参加し、似たり寄ったりのお子さん方とお付き合いしながら「オレ、ココが悪かったと思うから、次はこうしてみようと思う」と頑張っています。

「自分が通いたい」志望校に、「しんどかったけど頑張った」結果、合格することができて本当に大きな自信になりました。

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5.中学受験を決めたきっかけ

4年生では「周りが行くから」という程度の理由で塾に通い始めました。
大規模進学塾での生活になじむにつれ、「我が家はなぜ私立中学に行こうとするのか」「どのような私立中学を選ぶべきなのか」が明確になってきました。

それぞれの道公立の学校は、発達障害に理解があって、個々の先生が頑張って下さっても、どうしても発達障害と相性の悪さがあります。
「主体性、創造力、表現力」を重視する「新しい教育観」は課題と評価と努力のしかたが曖昧で、「曖昧さが苦手」なお子さんには負担です。

そして、公立の中学校には「内申制度」があります。
生活態度(「忘れ物の回数」「身だしなみ」)、や音楽、美術、体育などの副教科で点数を稼がなければなりません。教育委員会によってはこれらの配点をかなり高くしている地域もあります。

私の子どもは「忘れ物が多く」「だらしなく」、音楽・体育も下手です。
公立中学校で内申点を稼ぐのはまず無理です。

「苦手なことができない」という事実を内申点という数値で突きつけられ、そして内申点が足りないために希望する高校への受験も叶わない……公立中学への進学にはこのようなリスクがあると考えました。

では、どんな学校なら我が子に向いているのか?

まず、学習塾との相性から「昭和の昔風の」雰囲気を重視しました。
自由放任よりは管理型の学校です。

ADHD_立ち向かう偏差値からみて受験が可能そうな学校群を多数見て回り、親子で「ここに通いたい」とはっきり思える学校に出会えました。

直感でひらめいた面も大きいですが、敢えて言えば「昭和風」であることに加え、いつどの見学会に行っても先生も生徒も明るくさっぱりとした雰囲気だったのが良かったと思います。

部活の体験入部でも初対面の同じ小学生と中学生の先輩がノリノリで盛り上がり、「僕、ココに入って、この部活やりたい!」と本人の受験の大きな原動力となりました。

教育方針が奇をてらわず、偏差値もさほど高い学校でもないので、入試の出題傾向もあまりクセがありません。
努力が報われやすい学校で、過去問をこなす中で手ごたえを少しずつ感じながら本人も自信をつけて入試本番を迎えることができました。

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6.まとめ

発達障害の子どもにとって「自信」を持つことは大切なこと。
そして、子どもを大切に思っている親御さんも「子どもに自信をもたせなくては」と頑張っていらっしゃるでしょう。

ADHD_子供の主張だからと軽視しない幼児期は「ママが世界の全て」という時期です。
大変ですがここだけ頑張りましょう。

就学以降は、親子関係や根本的な自己肯定感を守るためには、むしろ他人に叱っていただくことも必要になります。

ただ、この相手については慎重に選んだ方が良いです。私は最初の塾で失敗してしまいました。
具体的な「個別のニーズ」の改善に興味を示さず「障害か否か」を気にする所は、特別支援教育の理念と相容れない考えの可能性があります。
不信感を覚えたら素早く見切りをつけ、信頼できる相手を探した方が良いです。

信頼できる相手さえ見つかれば、大人になるにつれ「頑張るのは子ども、頑張らせるのは他人、家庭はそれを励まし慰めるだけ」となります。
いつまでも「親が頑張らなくては」と気負わなくてもよいのです。

上手く行ってもいかなくても「家には味方がいる」と思えることが、子どもが自信をもって新しい世界にチャレンジしていく礎になるのです。

中学受験は進学先を決めるリスクのあるチャレンジで、誰にでも勧められる選択ではありません。
同じ発達障害のある子どもでも個性や育ちは様々です。
地域の学校事情・進学事情もあるでしょう。

虹 芽ただ、地域の公立中学校の内申点の配分や、近辺の私立学校にどんなところがあるか、親の会などで情報を集めることで、今後どのような道に進んでいくべきなのか明確になることもあります。

お子さんの資質を見守りながら、それに見合った目的を持ち、本人が頑張り続ければ、「頑張った自分」を自信に、さらに成長できるでしょう。

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