たとえ障害があっても、全ての人には教育を受ける権利があります。
もちろん、発達障害があっても。
平成18年に国連で「障害者の権利に関する条約」が採択され、その中でインクルーシブ教育という考え方が提唱されました。
インクルーシブ教育とは、障害を持つ子も持たない子も同じ場所で一緒に教育を受けることができる、という考え方のことです。
日本でも実現に向けて国が動いていますが、多くの課題があり、教育現場では思うように実現が進んでいません。
今回は日本におけるインクルーシブ教育の課題と、この教育方針に近い学校の探し方を紹介します。
発達障害児の進学先のひとつとして、ぜひ参考にしてくださいね。
インクルーシブ教育とは
インクルーシブ教育とは、障害を持つ子も持たない子も同じ場で学ぶという考え方のこと。
これまで日本では「一定の障害がある子どもは、障害を持たない子どもとは異なる場所(特別支援学校)で教育を受けること」となっていましたが、特別支援学校の教育内容は「障害によって生じる困難さを克服して自立するための知識や技能を授けることを目的とする」となっており、これは障害のない子ども達が受ける教育の学習指導要領とは異なる内容です。
日本でもインクルーシブ教育を実現するための動きが起こり、平成25年に「就学先は障害の状態や本人の希望を踏まえた上で、総合的に決める」と改正され、一定の障害があっても、可能な限り本人の希望に沿った就学先を選べるようにする、と変わったのです。
一旦就学が決まった後でも、状況に応じて就学先を見直すことができるような体制作りも始まっています。
少しずつですが、日本でもインクルーシブ教育の体制が整いつつあります。
インクルーシブ教育実現のポイント
障害のある子も障害がない子も同じ場で教育を受けるシステムを築くには、次の4つのポイントが重要です。
この4つのポイントが充足した学校は、インクルーシブ教育を期待できる学校です。
就学先を選択できる環境
まず、どんな障害を持っていたとしても就学先を本人の希望で選択できるような環境が必要です。
- どういう選択肢があるのか
- どんな環境でどのようなサポート体制が整っているのか
これらを正確に知ることができるシステムが欠かせません。
「障害を理由に勉強内容や環境を諦めなくてもいい」……そんな環境が整うことが理想です。
障害に対する専門的な支援
障害がある、ということは、必ずサポートが必要になるということでもありますよね。
どんな特性があり、どんなサポートが必要なのか見極めるには専門的な知識が必要です。
また、サポート内容によっては高い技術が必須になる場合もあります。
様々なレベルのサポートを臨機応変に受けることのできる環境が理想的です。
そのような支援体制が整った学校であれば、障害があっても安心して教育を受けることができます。
医療的ケアを受けられる環境
障害の中には医療ケアが必要なケースがあります。
痰の吸引がよく知られていますね。
他にも鼻などから胃に経管栄養のチューブを通している子どものケアなどを、衛生的かつ迅速に行うことができる人が教育現場に必要になります。
もし、医療的なケアを必要な時に適切に受けることができなければ命が危険にさらされることもあります。
医療的ケアに対する支援も、インクルーシブ教育を実現するのに重要なポイントとなります。
合理的配慮
合理的配慮とは、障害がある子が他の子と同じ場で教育を受ける時に必要なサポートのことです。
目が悪い人は裸眼で車を運転できないけれど、メガネなど視力を補う道具を使うことが許されれば運転が可能になる、というのに似ています。
例えば、聴覚過敏で多くの音を雑音として聞き取ってしまう子の場合、教室は常に雑音に晒される辛い場所になってしまいますが、イヤーマフやデジタル耳栓などを教室で利用することを許可してもらえれば、他の子と同じように落ち着いて授業を受けられるようになります。
他にも、板書が苦手な子に黒板を撮影して記録することをOKにしたり、文字を書くことが苦手な子にタブレット端末の使用を認めるなどのサポートが合理的配慮に当たります。
健常児が1の力で成し遂げられることでも、障害児は5の力を注がなければならないということがありますが、この4の力の差を道具で埋めてよいという配慮があれば、障害があっても同じ場で同じことができるのです。
こうした合理的配慮に対する理解が進むと、インクルーシブ教育の実現に繋がります。
今、小学校で実現されていること
では、現在の小学校では、どこまでインクルーシブ教育が実現されているのでしょうか?
まず、就学先を選択できる環境は整いつつあります。
具体的には、小学校に入学する前の年の子どもを対象とした「就学相談」です。
就学相談では、親・本人・教育委員会・学校の4者で話し合いの場を持ち、就学先について検討することができます。
学校を見学することもできますし、何度でも話し合うことができます。
教育委員会側が一方的に「ここが就学先」と決めるのではなく、可能な限り本人や親の意向が尊重されるようになってきています。
そして、通常学級に在籍している障害がある子にサポートの先生がつくケースや、障害に応じた指導を受けられる通級指導教室に通える体制も広まりつつあります。
さらに、特別支援学級に在籍していても普通学級で授業を受けられる「交流」という体制もあります。
交流の頻度や内容は親・本人・教師の3者で決めることができます。
現在は、完全なインクルーシブ教育が実現されているとは言えません。
しかし、現時点では、通級や交流といった形で可能な限り普通学級で教育を受ける時間を作るようにしている学校が多くあります。
- 通常学級でも障害に応じたサポートを受けられるのか
- 通級指導教室が設置されているか
- 支援学級と普通学級の交流の様子や頻度
現在のところ、この3つのポイントをチェックすれば、障害のある子どもとない子どもがどれだけ同じ場で教育を受けられる体制が整っているのか、判断することができるでしょう。
インクルーシブ教育の課題
国連では平成18年に採択された「障害者の権利に関する条約」で提唱された考え方でありながら、体制を整えるために国が具体的な動きを見せたのは平成25年頃からです。
ここには次のような課題があります。
教師不足
最大の課題は、子どもの障害やインクルーシブ教育について知識を持つ教師が不足しているということです。
障害と言っても、視覚障害、聴覚障害、言語障害、知的障害、肢体不自由、病弱・身体虚弱、情緒障害、自閉症、学習障害、ADHD(注意欠陥多動性障害)など、実に様々な障害があります。
こうした障害の特徴やサポート方法、対処法について正しい知識を持っている教師はどれだけいるでしょう。
残念なことに、どう対応していいのか解らず、特別支援学級の子どもたち全員を同じ指導方法で対応しようとする教師がいたり、支援学級自体が学校に設置されていなかったり、障害や発達障害の特徴を持つ子に対する適切な対処ができずに学級崩壊に至る例もあるのです。
専門家不足
障害のある子をサポートする専門家には、小児神経医、看護師、作業療法士、理学療法士、言語療法士、臨床心理士、公認心理士(新しい国家資格)などがいます。
しかし今は、支援を希望する子と専門家の数が釣り合っていません。
専門家の数も専門家を育成する施設も不足していて、教育現場どころか、病院や療育施設でさえサポートを希望しても満足にケアしてもらえない状況なのです。
専門家が不足しているため、教育現場で障害について助言したり、サポートする人員を確保したりすることが難しいのです。
障害がある子どもに必要な教育
障害がある子どもには、一般的な学習・教育はもちろんのこと、障害があることで感じる学習面や生活上の困難を克服する能力が必要になりますね。
他の子が感じない不都合さを自力で克服したり、誰かにサポートを依頼するスキルが必要になります。
こうした能力の指導を誰がどうやって行うのか。
これも大きな課題です。
障害の内容が多く、必要なケアが多種多様
障害は種類が非常に多く、10人いれば10個の違った障害があり、それぞれ違ったサポートが必要になります。
例えば、一昨年は車椅子利用者、昨年は聴覚障害者、今年は自閉症の子どもが入学し、来年は痰の吸引が必要な子どもが入学してくるとします。
こうした場合、学校はその度に全く違った対応を迫られることになります。
バリアフリー対策、手話や筆談といった対応、知的障害の子どもに合った学習指導、痰の吸引といった医療的なケアができる人員配置など、異なる対策を対象の子どもが卒業するまで継続しなければなりません。
こうしたことに、迅速且つ臨機応変に対応する柔軟さが自治体や学校に求められますが、財政面や人手確保の面で解決しにくい課題となっています。
障害のない子に対する教育や一般の人の意識(平等と配慮)
障害がある子どもの受け入れには、障害を持つ子どもにばかり目が行きがちですが、障害のない子どもに対する教育も重要な課題です。
健常児にとって、障害の内容や障害を持つ子が感じている不都合さは理解しにくいものです。
健常児が口にする「どうして自分と違うの?」という素朴な疑問が、障害を持つ子の心を傷つけるケースもあります。
また、障害のない子も「障害を持つ子にどんな風に接すればいいのか解らない」「どうして一人だけ特別扱いされているのか解らない」という困り事や疑問があるのも事実です。
障害のある子とない子が同じ場所で教育を受ける際には、教師に障害のある子とない子、双方をどう指導するのか、という知識や高いスキルが要求されます。
特に合理的配慮は「不公平」「優遇している」といった誤解に繋がり易いといわれています。
適切な合理的配慮を見極め、必要なケアであると理解を広められる指導力が大きな課題です。
まとめ
障害の有無に関わらず、お互いの違い・差を認め合いながら学ぶ場は理想の教育現場と言えます。
しかし、それを実現するには障害に対する正しい知識やサポート技術を持つ教師・専門家、看護師や医師が欠かせません。
また、障害や配慮に対する正しい知識や理解も必要です。
インクルーシブ教育が完全に実現される日は遠いと思えますが、通級指導教室の設置や交流など、可能な範囲で共に学ぶ場が実現されてきています。
これからも障害がある子、ない子、親、教師などそれぞれの立場でインクルーシブ教育の実現について考えていきたいですね。
インクルーシブ教育/文部科学省
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2015/06/16/1358945_02.pdf
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000147112.pdf
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