ADHDは個性!生き甲斐を見出すためのポイント~ADHDである妹の実体験を聞いて~

ADHD

幼い頃から「人と変わっている」「学校や会社では全く馴染めない」「仕事で凄く簡単なミスを繰り返す」と言われ続け、自らがADHDだと自覚しているがどう生きていけばいいかわからないという人へ。

安心してください!

この障害は少しずつではありますが、社会に認知・理解され始め、病院でもしっかり診断されるようになりました。

中には、その独特な感性や、並外れたバイタリティを武器に、社会に出て成功している人もいらっしゃいます。

実際に私の年子の妹(現在25歳)もADHDと診断されましたが、仕事では大きく飛躍し、大いに存在感を発揮しています。

彼女は学生時代から誰も思いつかないような発想や世界観を絵で表現し、コンクールで毎回賞をもらっていました。

現在もデザイナーとしてコンサートの衣装やグッズ・パネル・広告と多岐にわたって活躍しています。

妹は生き甲斐を見出し、私はそんな彼女の姿を見て、ADHDであっても毎日ワクワク前向きに生きていくことが可能なのだと実感しました。

ただそれにはいくつかの条件があります。

  • 自らがADHDだと受け入れること
  • その特性をしっかり理解すること
  • 適切な環境で自分にピッタリの仕事に就くこと

しかし、上記の条件に当てはまらないと「ADHDだから何をやっても上手くいかないんだ…」「仕事以前に人と上手くやっていけないから苦労する」と感じる人も少なくないはずです。

確かに障害によるハンデはあります。

しかし、ほとんどは幼少期からの自信喪失が原因でネガティブな考え方(マインド)になってしまい、才能が隠れてしまっているだけなのです。

この記事を読むことで下記を含むADHDに関する特性が理解でき、自分はこれからどう生きていけばいいかのヒントがたくさん拾えます。

  • ADHDの適職や隠れた才能
  • ADHDの対策や世渡り術

事実、妹は自分がADHDであると受け入れてから自分の好きな仕事と環境に変えました。

そこから劇的に仕事のパフォーマンスと人間関係が良くなり、毎日キラキラとしている彼女の姿を見ることができています。

その姿を見て、この障害で悩まれている方のお力になりたいと考えるようになり、今回筆を取ることにしました。

1.発達障害ADHDとは…

ADHDADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder=AD/HD)は注意欠陥多動性障害と呼ばれており、『多動性』『不注意』『衝動性』などの特徴があります。

一見マイナスなことしかないように見えますが、他の人にはできないことが簡単に出来たり、行動力が人並み外れていたり、天才的なアイデアやひらめきがポンポン出るなど、社会的に成功するための要因を兼ね備えています。

この特性を活かした生き方を見つけられるかどうかが重要です。

妹の症状が浮き彫りになったのは小学校3年生の時です。

幼稚園や小学校入学時には理解できるはずのルールに適応できず、常に集団で浮いていました。

ひとりだけ授業に遅れてきたり、何度も注意を受けているのにもかかわらず、同じものを忘れたりしていました。

学生時代は当の本人と私たち家族はあまり気にしていませんでしたが、彼女は社会に出て大人になってからも、子どもの時と同じような不注意を起こしてしまったのです。

平気で会社に遅刻して、実家へ連絡が入ってくるなんてことも何度かありました。

後にメディアでこの障害のことを知り、診断を受けさせたらADHDだと発覚したのです。

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2.ADHDの症状 人並み外れた不器用さ

2-1.学生時代に見られた特徴

不器用まず、妹の幼少期を振り返ってみると、物事への適応能力が極端に人より低く、不器用だという点が挙げられます。

例えば、給食での配膳ではいつもボロボロとこぼし、量や盛り付け方もいつも雑で、みんなと同じように出来ていませんでした。

また袋のひもを結ぶといった単純な作業でも、うまく結べずに、すぐほどけてしまったり独特な結び方をしてしまっていたりと、なかなかひとりだけで仕上げることができずにいました。

これに見かねた先生には「ご家庭でしっかり指導して練習させてくだい!」と言われる始末。

運動神経もとても悪かったため、体育の授業も苦手なことが多く、ボールを遠くへ投げることができませんでした。

さらに高学年になって家庭科の授業が始まったある日、お裁縫の授業についていけなくなった妹はグチャグチャの裁縫箱を片手に、泣いて帰ってきたこともありました。

妹ができない分を私がこっそり全部仕上げてあげたこともありました。

友達付き合いもあまり上手ではなかった妹は、ひとりでいることが多かったように記憶しています。

ただ、特定の仲が良い友人や家族・近所のおばちゃんだけには心を開き、人が変わったように明るくたくさんお喋りをします。

しかし、集団や慣れない環境下では黙り込んでしまうことが多く「〇〇ちゃんいたっけ?」とあとで言われてしまう……なんてこともありました。

両親も自営業で共働きだったので、近くで面倒を見てあげないと不安で心配な妹の学生時代でした。

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2-2.社会に出てから

悩む姿学生時代の妹は「ちょっと天然でお茶目」「ドジで可愛い」というキャラで済んでいました。

しかし、社会に出てからは学生時代と同じようにはいかず、壁にぶち当たって悩んでいる姿をよく見かけました。

一番の苦労は、なんといっても「仕事ができない」ということ。

致命的な悩みを抱える妹はいつもつらそうで、そんな彼女の姿を見るたび、私は自分のことのように胸が痛んだことをよく覚えています。

妹は高校卒業後、調理の仕事に就きましたが、うまくいかないことばかりだったようです。

誰もが簡単だと感じるような仕事すらこなせなかったというのです。

例えば、

  • 「30個トマトを用意して」という指示を受けるも毎回数が違う。
  • レシピの分量も間違っていて味が違う。
  • 同じミスを何度も繰り返してしまう。
  • 要領もとても悪く、「鍋を火にかけながら野菜のカットをする」といった『同時進行』が出来ない。どちらかが必ず疎かになり、鍋が黒焦げなんてことも日常茶飯事。

先輩の指示で「先に鍋に火をかけて、その間に2階の倉庫からお皿取って、盛り付けしておいて!」という指示を受けるも、すぐに2階に行って鍋に火をかけるのを忘れてしまった、ということもあったようです。

さらに、2階に行ったけれど、何を取りに来たかど忘れする始末……。

妹は、「気を付けようとすればするほど同じミスをして『お前は全然ひとの話を聞いていない!』と常に怒られ、悪循環に陥ってしまう」と言っていました。

結果、「仕事ができない奴」というレッテルが貼られ、人間関係が崩れてしまうそうです。

この繰り返しで事務職、レストランホールと転職を繰り返していました。

仕事が長続きしないことを悩んでいたある日、妹は本屋でたまたま目にしたした書籍から、「自分はADHDなのではないか」と疑うようになったと言っていました。

私もちょうどその頃、テレビ番組で取り上げられているのを観てこの障害を知ったのです。

妹のこれらの症状がADHDの特性と妹の症状がぴたりとはまると感じ、病院へ行くことを勧めたところ、ずっと悩んでいた妹も「自分のこの生きづらさは何なのか知りたい」と言って、都内の優秀な専門家医がいる大学病院へ行きました。

結果、妹がADHDであることが発覚したのです。

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3.ADHDが診断できる有名な病院と現状

医師今になってこそ、専門医師や詳しい診断ができる有名な病院が増えてきました。

しかし、脳機能の障害となると診断も難しいのが現状です。

今はインターネットでも障害の情報を容易に得れて発見も可能ですが、実際は専門医ではない人が書いた想像上の記事や誤情報も含まれているため、有名な病院で正確に診断を受けることをお勧めします。

しっかりとした診断をしてくれる専門医がいる病院は、やはり都市圏に多い傾向があります。

地方でもきちんとした病院はありますが、簡単な診察だけで、誤った診断をくだす病院も少なくありません。

実際に妹は納得がいかない診断を受け、3件もの病院を渡り歩きました。

最初、近所にある設立の長い小さな病院へ行きましたが、あまり医師に話を聞いてもらえず、詳しい診断や対処がほとんどありませんでした。

診断結果は「軽いうつ病と仕事への適応障害でストレスがかかっているだけでしょう」という何とも雑な診断でした。

そこで、遠くてもしっかり診てもらえる大きな病院に変えたのです。

そちらでは様々な角度からの適正検査や機械を使い、時間をかけて丁寧に診てもらえました。

発達障害に特化した有名な病院では、予約が取りにくかったり、通うことが難しいのではないかと感じたりする人もいらっしゃるかもしれません。

しかし、一生の事に関わりますし、何よりもスペシャリストによる正確な診断とカウンセリングには価値があります。

一度足を運んでみることを検討してはいかがでしょうか?

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4.ADHDとの付き合い方

ADHDとの付き合い方まずは、本当に自分がADHDなのか認識する必要があります。

最近はその名称と症状が少しずつ世間に認知され始めたからか、ちょっと人より鈍くさいだけで「私はADHDかな~」「自分は人と違うんだ」と勘違いしてしまっている人も身近にいました。

ある程度の症状が当てはまる人は、一度病院で診断を受けることお勧めします。

そこで確かな診断を受けて、やっと対策や付き合い方を考えていくのです。

ADHDと付き合う上で一番重要なことは、自然体でいることができ、好きなことや興味あることに取り組め、生き甲斐を感じられる環境、もしくは周囲が理解してくれて援助を受けられる環境だと妹は言います。

妹の私生活を見ても、ADHDである人は、新しい物事や苦手なことを乗り越える適応能力が著しく低いです。

子どもの頃はチャレンジ精神を育むために挑戦は大事ですが、大人になってから周りに追いつこうとすると、かなりの苦労がある上に自己嫌悪に陥り、自信をなくしてしまうこともあります。

実際に妹は、不得意とする調理の仕事に3年近く粘り強く取り組みましたが、料理の腕が向上するどころか、簡単な仕事もこなせず、周りから認められないまま挫折してしまいました。

自信を無くし、そのまま働かない時期もありました。

ADHDだと受け入れてからは発起し、「自分が好きなことや得意なことは何なのか」を改めて見つめ直したのです。

そこから好きだったファッションデザインの仕事を始め、手ごたえを感じ、才能がみるみる開花したのです。

これは、裏を返せば、興味のある物事や好きなことへの執着心は人一倍……いや、数倍の驚くようなバイタリティを発揮するのだと、私は彼女の姿を目の当たりにし、そう感じたのです。

「苦手な事でも一生懸命がんばる」という考え方は捨て、「好きなことだけに取り組んで楽しい人生にする」という考え方が一番フィットしたようです。

妹も「生き甲斐を感じるようになった」と笑って話してくれるようになりました。

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5.ADHDの対策

対策法付き合い方はわかっても、すぐに居心地の良い環境に身を置くことは簡単ではないと思います。

厳しいストレス社会の中、ある程度適応し、上手く世渡りする術も必要です。

実際に妹がこのADHDの症状を少しでも緩和させ、乗り越えていくためにこらした工夫をご紹介しますね。

■仕事中の疑問や気づきは全てメモし解決する

ADHDには、その場で臨機応変に器用に仕事をこなすことが困難だという特性があります。

メモそこで妹がこらした工夫は「仕事場での疑問を全てメモし、解決策を先輩に聞いたり自分で徹底的に調べる」こと

疑問を潰しておけば、慌てることなく落ち着いて仕事をこなすことができるのです。

ポイントは、先輩にあらかじめ「私、不器用で覚え悪くて色々聞きますのでよろしくお願いします!」と伝えておくようにすること

質問もたくさんできるので、好感も上がるはずです。

このワンクッションを置くだけで「不器用だけどがんばっているな!」と一生懸命さも伝わり、トラブルも防げるのです。

最初は時間かかるかもしれませんが、ちょっとずつ仕事の知識や知恵が蓄積し、「ある日を境に急に仕事のパフォーマンスがよくなり手ごたえをを感じる日がくる!」と妹が話してくれました。

ちょっとしたことですが、確実に効果があるので取り入れてみてはいかがでしょうか。

■仕事に規則性を作る

マニュアル臨機応変にできないなら、パターンを作ってしまう(自分だけのマニュアルを作る)ことがオススメです。

妹は仕事の優先順位を立てるのがとても苦手で、凄く苦労している様子でした。

妹が話してくれた対策として、「出勤→電気をつける→厨房の元栓を開ける→火をつける→鍋に水を貯める…」と、些細なことでも全部紙に書き出すことを徹底したと言っていました。

出勤前にその流れを2、3回イメージトレーニングをして、身体に染み込ませるのです。

また、「暇な日用のマニュアル」「忙しい時の動き方マニュアル」といった様々なパターンを作り込んでしまうようです。

あらかじめ動き方が予測できていると、悩んだり考える時間がカットされ、格段に仕事がスムーズに進むのです。

妹もこの対策で「テキパキと動けミスもほとんど減った」と話してくれました。

こちらも劇的に効果を感じられるため、オススメです。

■事前の準備でコミュニケーションを円滑にする

妹は学生時代の集団生活の中で、たくさんいる生徒と何を話していいかわからず、黙り込んでいたと言います。

社会に出てからは克服しようと接客のプロ・キャバクラ嬢を経験し、今では別人のように会話ができ、お話上手と言われるほどまでに成長しました。

会話彼女は実は会話が苦手と思い込んでいただけで、「コツを掴んでから、どんな人とも楽しくお話しできるようになった」と楽しそうに話してくれました。

社会に出てからの会話はパターンが決まっているため、セリフをあらかじめ用意しておけば困らないとも言っていました。

出身や休みの過ごし方、趣味、失敗談、好きな芸能人…たくさんのカテゴリーをセリフのように書き出し、それを記憶する。

ポイントは、自分のことより、相手の会話に耳を傾け興味を持ち、質問をする、ということ。

たったそれだけのことでコミュニケーションが円滑になり、人付き合いが格段に上手くなったのです。

ネタの例として「出身は鳥取で、最近までセブンイレブンやスタバすら無かったんです…スナバはあるんですけどね(笑)」と、ちょっとユーモアを織り交ぜて話してくれるほどの成長っぷりでした。

また、どうしても直観的に苦手と感じるシーンには近づかず、得意な場面だけで交流することが大切です。

妹は同年代でワイワイと飲み会は苦手で、様々な年代の人と交流する場では社交的になれるらしく、そういった場には積極的に参加している様子です。

妹は「最初は失敗だらけだったけど、とにかく場数を踏みまくることで人並み以上に会話が上手くなっていた」と話してくれました。

もしかしたら才能が隠れているだけかもしれませんので、是非、積極的にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

■夢や楽しみなことを書き出しモチベーションを上げる

夢や楽しみなことをノートに綴る妹はどうしても人よりストレスを感じやすいためか、モチベーションの浮き沈みが激しく仕事に支障が出るように感じられます。

妹が逆境から発起し、生き甲斐を見出したのは、「夢や楽しみなことをノートに綴ることを始めたんだよ」と幸せそうに話してくれました。

ノートを見せてもらうと…

  • 世界中の人に見てもらえるような服をデザインする
  • 出逢えた人を皆ファンにできるような魅力的な人間になる
  • 世界一周する
  • 30歳に結婚する
  • 今年中にバンジージャンプする
  • 自由が丘の限定10食のフォンダンショコラを食べる
  • 3月までに3キロ痩せる

といった、大きな夢から小さな目標までぎっしり。日々更新しているようでした。

彼女の、以前の「心配で目が離せない妹」の面影を感じない飛躍的な成長は、私を感動させただけでなく、「私も負けていられない!」と凄く刺激になります。

是非、ペンとノートがあればすぐ実行できるので、試してみてはいかがでしょうか。

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6.ADHD適職と才能

ADHD適職と才能職業選びは適切でしょうか?

ADHDは向き不向きがはっきりしています。

実際に妹は不向きな仕事ばかりに就き、何度も転職を繰り返しました。

現在は自分の好きなことに情熱を注げて才能を活かせる「ファッションデザイナー」として手ごたえを感じ、活躍しています。

ここでは、実際に妹が経験して「不向きだった」「向いていた」と感じた仕事についてご紹介します。

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6-1.不向きだった仕事

向いていない仕事ADHDの苦手とする仕事は『マルチタスクで同時進行や正確さ、スピードが求められる仕事』です。

脳の構造上どうしても、仕事の漏れがあったり処理に時間がかかったりしてしまいます。

妹が経験した調理の仕事はまさにそうでした。

ピーク時にたくさん入るオーダーを、要領よく正確にスピーディーに作ることが困難だったようです。

業務中もパニックになり、一番最後に入ったオーダーを作ってしまったり、料理に火が通っていなかったり……なんてこともあったようです。

レストランのホール業務でも「正確にオーダーを取る」「レジで素早く正確な操作」「たくさんのお客様の料理の進行具合を把握し配膳」と常に状況が変化する店内だったため、「料理配膳中に話しかけられて、お皿を落としてしまった」なんて失敗談も……。

「常にパニックで落ち着かずストレスだった」と話してくれました。

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6-2.向いていた仕事

向いていた仕事意外にも、水商売であるキャバクラでの接客業が向いていたと話してくれました。

苦手なコミュニケーションについて、克服しようと就いたことがきっかけでした。

基本的な仕事は会話とドリンク作りだけなので、落ち着いてお客様を楽しませることができたと言っていました。

「顧客が付くと完全に自分のペースで仕事がこなせ、自分のキャラクターや個性が認められることが喜び」だと話してくれました。

また、向上心がそのままナンバーやお給料といった結果に繋がることに、やりがいを見出したようです。

その後、幼少の頃から好きだった服のデザインを仕事にしたことで、瞬く間に評価されるようになったのです。

今の時代らしくSNSで発信していたことが目に留まったようです。

好きなことはとことん追求する探究心と、誰も思いつかないような発想から、まさに天職だったようです。

妹は「芸術的な仕事は才能がある人しか生き残れない」という先入観からか、それまでずっと避けていたと言っていました。

実際にはADHDであることがクリエイティブな個性として作用したのか、好きで追求し続けて開花したのかはわかりませんが、妹の人生が好転したのは確かなようです。

妹は「今の時代は好きなことを仕事にできる」と自身誇らしげに話してくれました。

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まとめ

まとめいかがでしたでしょうか?

ADHDという障害は一見、他者からは普通の人に見えて違和感がありません。

しかし、妹自身、「他者とのコミュニケーションや波長に合わせることにとても苦労し大きなストレスを感じていた」と話しています。

誰でも出来る当たり前のことが出来ず、苦しむのです。

妹は「まずADHDを患っているかどうか正確に認識し、自分自身が障害に対して理解をすることから始めることが大切」だと言っていました。

そこで初めて「自分は何がしたいのか」「何が出来るのか」を考えます。

ここで重要なのは「他人に言われた人生や世間体を気にせず正直に生きていく」こと

「自分に正直で本当に楽しいことに取り組めば、希望や生き甲斐が生まれ毎日ワクワクしてしょうがないと感じる日が来る」と彼女は言います。

「そして気が付いたら自然と自分に合った環境が勝手に構築されていた」「これは自分にしか出来ない!と自信を持つことも大切」と話してくれました。

今は段々と「個性的な人」「人と変わった特技を持った人」が受け入れられやすい時代になってきました。

むしろ、そういう人たちが求められる時代に入ってきました。

そういった個性をどんどん表現し、世の中に貢献することはとても素晴らしいことですね。

あなたが生き生きとした輝かしい人生を送れること、そして、あなたの世の中を驚かせる発想が形になり、創りあげられていくことを願っております。

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