自閉症スペクトラムの特性のある人は他人とのコミュニケーションを不得意とするため「視線が合わない」「呼びかけてもこたえない」「人の話に共感することができない」などに悩んでいる人が大勢います。
自閉症スペクトラムの特性によって起こり得る困りごと、「コミュニケーション障害」を治療する薬として、「オキシトシン」という物質に注目と期待が集まっています。
ここではオキシトシンの効果や気になる副作用(※個人輸入のリスクをじゅうぶん理解した上でご利用ください)、現在オキシトシンに関してどのような研究がされているか、そして、発売までの見通しについてご紹介します。
※賛否両論ありますが、弊社では「発達障害やADHDは個性の一つだという考えもあるため、たとえ医師が勧めたとしても、(子どもへの)安易な精神系の薬の服用は慎重になったほうがよい」という考えのもと、サイト作りを行っております。薬に関しましては、自己責任においてご利用ください。
オキシトシンとはなにか
オキシトシンという物質についてとその効果
オキシトシンは、脳の下垂体後葉から分泌されるホルモンで、9個のアミノ酸からできているペプチド構造の物質です。
オキシトシンのよく知られている人体への作用は、「出産のときに子宮を収縮させて分娩を促進する」「母乳の分泌を促進する」などですが、オキシトシンは大人の女性だけでなく、男性や子どもにも作用し、人間の身体や精神に様々な形で作用しています。
オキシトシンには脳内で放出されることで、不安やストレス反応を和らげる働きもあります。
動物実験では、オキシトシンが親子の絆を形成する上で重要な働きをすることが分かっているため、「愛情ホルモン」や「幸せホルモン」という名前でよばれることもあります。
分娩促進や母乳分泌の促進という効果はオキシトシンの末梢神経への作用によるものですが、オキシトシンは末梢神経だけでなく中枢神経にも作用します。
今回記事にしている自閉症スペクトラムの治療薬は、オキシトシンのその「中枢神経の作用」に着目したものなのです。
自閉症スペクトラムの特性を持つ人は、障害によって脳の一部、内側前頭前野の働きが低下していると言われており、そのせいでオキシトシン受容体に異常が起こり、血中オキシトシン濃度が平均に比べて低くなっていると言われており、特性を持つ人が他人とのコミュニケーションを苦手としている原因はここにあるのではないかと考えられています。
脳の内側前頭前野は、自分の感情や体験と比較したり重ね合わせたりすることで、他人の考えを理解したり推測する役目をつかさどっています。
オキシトシンを人工的に投与することで、脳の内側前頭前野の部分の働きが活発になり、社会性行動に作用するため、コミュニケーション障害が改善されると考えられています。
治療薬としてのオキシトシン
オキシトシンは医療の現場で既に薬として使用されています。
オキシトシンは出産のときに下垂体後葉から放出され、子宮収縮の作用をもたらします。
日本でも、産科ではオキシトシンを点滴のかたちで陣痛誘発剤として使用しています。
また、日本では認可されていませんが、ヨーロッパには授乳中の女性にオキシトシン点鼻薬を授乳促進剤として処方することが認められている国もあります。
オキシトシンと自閉症スペクトラム
オキシトシンの自閉症スペクトラムへの効果
オキシトシンは自閉症スペクトラムを根本的に治療する薬ではなく、特性による困りごとを改善する対処療法の薬です。
これまでの研究で、オキシトシンを服用することで、自閉症スペクトラム患者に次のような影響があることが確認されています。
スイスのチューリヒ大学で、健康な成人男性にオキシトシンを経鼻で摂取する実験をしたところ、一部の被験者に他人への信頼感が増し、他人とのコミュニケーションをとることで発生するリスクに寛容な態度をとる様子が確認されました。
また、家庭内で自己責任で個人で入手したオキシトシン経鼻スプレーを使用した一例では、
- 視線が合いやすくなる
- 親の呼び掛けに応えなかった子どもが返事をするようになる
- 自発語が増加する
など、自閉症スペクトラムの特性による困りごとへの改善が見られたという報告がありました。
服用の方法
オキシトシン受容体は脳全体に広く分布しています。
脳に直接はたらきかけるため、現在オキシトシンを経鼻スプレーで摂取するかたちで実験がすすめられています。
- メリット:注射や点滴と違って、経鼻スプレーは家庭でも使用しやすく、効果が大変速やかにあらわれる
- デメリット:点鼻薬でオキシトシンを摂取した場合、非常に短い時間で体外に排出されてしまう
代謝にかかる時間が短すぎると、オキシトシン摂取の効果の持続時間も短くなってしまうため、できるだけ少ない点鼻薬の使用回数で効果を持続させる研究もすすめられています。
副作用
オキシトシン点鼻薬の副作用は、現在のところ大きなものは確認されていませんが、発売元は添付文書にオキシトシンには子宮収縮の作用があるため、妊娠中の女性が医師の指導の下ではない自己判断で使用することがないように警告を出しています。
また、オキシトシンの使用には、まれにアレルギー症状、アナフィラキシーショックの可能性があることも警告しています。
オキシトシン治療薬の研究-治療薬として発売されるまでと現状-
自閉症スペクトラム治療薬としてのオキシトシンは、今はまだ研究段階にあります。
新しい治療薬が発売されるまでに次のようなプロセスがあり、新薬の研究には長い時間と膨大な費用がかけられています。
下記の手順を踏んで、新薬は初めて世の中に送り出されているのです。
1.基礎研究
世の中に存在する膨大な物質の中から、医薬品となりうる物質を探す研究がおこなわれます。
また、見つけた医薬品となる物質の原料の選定や、その物質を安定して供給する製法も基礎研究の段階で研究されます。
2.非臨床試験安全性の確認
基礎研究で見つけた物質について、動物実験などで薬の効果が認められるか、毒性がないかについてテストします。
また、薬として発売した時に、さまざまな条件で品質が一定に保たれるかどうか、体内で吸収され適切に排泄されるかどうかも調べます。
3.臨床試験
人体での薬の安全性や薬効を確認します(新薬の安全性を確認するために、健康な人や患者に投与して必要なデータを集めます)。
4.厚生労働省へ製造承認申請
研究で薬の効果と安全性が確認できたら、厚生労働省に薬として発売するための申請を出します。
5.審査
学識経験者を集め、厚生労働省が出された申請を審査したのち、審査を通過したもののみが初めて新薬として発売されます。
上記のプロセスの中で、自閉症スペクトラム治療薬としてのオキシトシンは、現在臨床試験の段階にあります。
国内ではいくつかの大学が合同で研究を行い、オキシトシンが本当に自閉症スペクトラムの特性による困りごとへの改善が見られるかどうかデータを集めている最中です。
オキシトシンが自閉症スペクトラム治療薬として販売されるまでには、まだ少し時間がかかる見込みです。
個人輸入は安全か-個人輸入のリスク-
オキシトシン点鼻薬は、母乳育児をする女性に授乳促進する処方薬として、すでに海外で販売されています。
オキシトシンが自閉症スペクトラムの特性を持つ人の「コミュニケーション障害」を改善するというニュースを聞き、日本では未発売のオキシトシンスプレーを個人輸入して使用している人のレビューをインターネットで見かけることがあります。
ここでは、自己責任でオキシトシンを個人輸入して使用するリスクをご紹介します。
※個人輸入のリスクをじゅうぶん理解した上で、ご利用ください。
リスク(1):安全性
- 過去に海外で販売されていたオキシトシン点鼻薬の一部に、粗悪な製法で作られたものが出回り、摘発された事件がありました。
- 海外で摘発された商品には、オキシトシンの濃度が低いもの、オキシトシン成分が全く入っていなかったものがありました。
リスク(2):副作用
- オキシトシンは子宮を収縮させる効果があるため、妊娠の可能性がある女性の医師の指示にもとづかないオキシトシン使用は、母体や胎児にとって危険です。
- また、思わぬアレルギー反応や、アナフィラキシーショックを引き起こす可能性もあります。
リスク(3):値段と入手の難しさ
- 現在、個人輸入にて入手したオキシトシン点鼻薬の使用に、医療保険が適応されることはありません。
- 厚生労働省の指導により、薬品を個人輸入するときには、一度に購入できる個数が決められています。
- また、個人輸入サイトでは現在オキシトシン点鼻薬は品薄で手に入りにくく、高価な値段で販売されています。
リスク(4):効き目の個人差
- 同程度の自閉症スペクトラムの特性がある人同士でも、オキシトシンの効果の出方に差があります。
- もともとの血中オキシトシン濃度に個人差があることが、原因のひとつではないかと考えられています。
- 適量ではないオキシトシンの接種は、症状改善の効果があらわれなかったりコミュニケーション障害を悪化させたりするリスクがあります。
オキシトシンの展望
対象者範囲の拡大
現在オキシトシンの自閉症スペクトラム治療薬の非臨床試験では、成人の男性を対象にした投与が行われています。
今後研究が進めば、女性や子どもにもオキシトシンが治療薬として摂取が認められる可能性が大いにあります。
子どもを対象とするオキシトシンの投与は、外国で自閉症スペクトラムの患者ではありませんが、難病プラダ―・ウィリー症候群の治療薬として、トライアルの形で子どもたちへの投与が始まっています。
また、オキシトシンの効果に対する研究と並行して、自閉症スペクトラムの原因となる遺伝的変化をつきとめる研究も進んでいます。
自閉症スペクトラム患者の多くが共通して持っている遺伝子について、研究が進み情報を集まることで、薬の効きやすさや副作用を予測するのに役立てることができます。
服用方法の選択肢
国内の研究では、人間の小腸でオキシトシンを吸収する仕組みがあることが確認されています。
将来的に、オキシトシンを飲み薬として摂取できると期待が寄せられています。
母乳にはオキシトシンが含まれていますが、母乳を飲めない未熟児はどうしてもオキシトシン摂取の機会が少なくなります。
研究が進み、新生児用の粉ミルクにオキシトシンを添付できるようになれば、未熟児の社会性の発達を促したり、自閉症スペクトラムの発症リスクを押さえたりできるのではないかと考えられています。
まとめ
これまでオキシトシンの効果や、気になる副作用、新薬オキシトシンの発売までの見通しについて紹介してきました。
自閉症スペクトラムの特性を持つ人が待ち望む新薬は、完成まで少し時間がかかる見込みです。
新薬への期待の高さから自己判断で使用する人も出てきていますが、安全に治療を進めるために、薬の個人輸入による使用は避けたほうが良いです。
新薬開発研究の過程で、分からないことが多かった自閉症スペクトラムの脳生理学的研究も大きく進み、障害の診断法やオキシトシン以外の治療法が確立する可能性も見えてきました。
新薬への希望を持ちながら、自閉症スペクトラムの特性を持つ子どもに対して、ソーシャルスキルトレーニングや継続した支援など今できることを継続して行いましょう。
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